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YOMIMONO 読み物 小説、エッセイ、著者インタビュー、等々。新潮文庫nexが贈る特別コンテンツ。

メッセージの最近のブログ記事

『レアリアII―仮面の皇子―』、発刊です。分厚いです(苦笑)。
 さて、私は大人になってからわりと手紙を書くようになりました。最初は何とはなしに祖父へ。それまで年賀状以外に葉書なぞ買わなかったのですが。すぐに祖父から「拝復」と返事がきました。美しいブルーブラックの、流麗な万年筆の文字でした。文面は――「御元氣そうな(←「気」でない)、お姿が目に浮かぶ様、お葉書頂き嬉しく存じます。(中略)尚、体には充分気をつけてお働き下さい...」...昭和の文豪ですか、おじいさん! 相手が目上でも目下でも孫でもきっと変わらぬ文章に違いない。日頃べらんめぇな祖父の本質を見る思いがし、驚くと同時にスチャラカな葉書を送った己に恥じ入ったものです。以来、折々に手紙を書くようになり、返事も高確率でポストにきます。このご時世で。
 レアリアIIにも「手紙」が出てきます。時間をかけねば書けない手紙、誰かから誰かへ。最後が誰の手紙かは、作中にて。
 また、作中に出てくる名誉学長ペトラルカにはモデル(?)がいます。尾崎翠さんの「地下室アントンの一夜」の登場人物。初めて読んだ時「これを80年前に書いてしまうのか!」と衝撃を受けました。25Pほどの短い物語で、新潮文庫『日本文学100年の名作第2巻1924-1933 幸福の持参者』の中に収録されております。ええ、ネタにするなら本のタイトルもしっかり宣伝して下さいね! と担当に釘を刺されましたゆえに。
 私から読者の皆様への夏のご挨拶、この本にてかえさせていただきたく。遅くなりましたが、Ⅱ巻、少しでも楽しんでいただければ...と思います。
 感謝をこめて。

雪乃紗衣Yukino sai
茨城県生れ。2002(平成14)年、『彩雲国綺譚(さいうんこくきたん)』で第1回ビーンズ小説賞の読者賞と奨励賞を受賞。翌年、これを改稿した『彩雲国物語 はじまりの風は紅く』でデビュー。10代から70代という幅広い読者層に支持された同シリーズは、2011年に完結し、累計650万部超の大ヒットを記録した。そのスピンオフで2012年刊行の『彩雲国秘抄 骸骨を乞う』も話題を呼ぶ。2014年、『彩雲国』シリーズ以来となる、著者10年ぶりの新シリーズ『レアリア』を発表。

 私は色々な小説から影響を受けていますが、他に、強く影響を受けていると思っているもののひとつにスピッツがあります。
 ロックンロールバンドのスピッツ、ご存じですか?
 私と同じくらいの世代なら知らない人はいないくらいメジャーなバンドで、有名な曲は『ロビンソン』、『空も飛べるはず』、『チェリー』など。
 曲も歌声も素晴らしいのですが、私はとにかくこのバンドの歌詞が好きで、学生のころは読みふけっていました。ボードレールより好きです。フランス語を覚えればまた結果は変わるかもしれませんが、少なくとも今のところは。
 さてこのスピッツの曲に『8823』というタイトルのものがあります。
 おそらく私が高校一年生くらいの時期の曲なのですが、『8823』の一文にとにかく痺れました。
 抜き出すと、この一行です。

 君を不幸にできるのは 宇宙でただ一人だけ

 凄まじいですね。
 これと同じような文章を、何も考えず無神経に書いたら「君を幸せにできるのは世界で僕ひとりだけ」くらいになるのではないでしょうか。まったくレベルが違います。
 ほかの部分は置いておいて、核心だけに絞ると、この文意で「不幸」という単語を選べるのが途方もないです。

 私の基本的な考え方に、「否定の否定は肯定とだいたい同じ意味になる」というものがあります。もちろんまったく同じではないのですが、遠目にはそう違わないくらい同じになると思っています。
 たとえば私は「愛は勝つ」とは恥ずかしくて書けませんが、「愛が弱いものだなんて誰にも証明できない」とは書けます。こういう風に、素直に肯定できないことを、否定の否定で表現するのが私にとっては自然なのです。
 そこで「君を不幸にできるのは宇宙でただ一人だけ」です。
 ポジティブな言葉が入るべき部分をネガティブな言葉に置き換えているのに、意味が反転していない。むしろ強調されている。この鋭さ。
 私が遠回りして、2回否定しないとできないことを、一発で決めているわけです。
 私は十五年間ずっと、この一文に憧れつづけています。

 さて、「階段島シリーズ」のテーマのひとつは、「否定への否定」です。
 私は子供のころ、実に様々なものに否定的でした。
 夢は叶わないと思っていたし、たいていの正しいことは偽善的に見えて嫌いだったし、多くの愛情は身勝手な都合から生まれるのだろうと思っていました。実のところ、童話や昔話のハッピーエンドさえ信じられない子供だったのです。
 そんな過去の自分への反論が、このシリーズです。
 夢は叶わないという言葉に反論して、見え透いた正義感を嫌う感情に反論して、愛情の弱さに反論して。
 あらゆる否定的な価値観に反論できたなら、すべてを肯定するのとそう変わらないくらい綺麗な小説になるかもしれません。
 遠回りだとしても、私は私にとって自然な方法で、肯定的な物語を書きたいと思っています。

 でも、その一方で、私は『8823』の一文を求めてもいます。
 ポジティブをネガティブに置き換えても変わらない、強く鋭利でダイレクトなものがどこかにあるのではないかと探しています。
 いずれにせよこの小説の素材は否定であり、ネガティブなものです。
 それがいつかは肯定的な、ポジティブなものになると嬉しいです。

2015年5月 河野裕
河野裕Kono Yutaka
1984(昭和59)年、徳島県生れ。兵庫県在住。グループSNE所属。2009(平成21)年、『サクラダリセット CAT, GHOST and REVOLUTION SUNDAY』でデビュー。著書に「サクラダリセット」(全7巻)「つれづれ、北野坂探偵舎」シリーズなどがある。

どうも、円居挽です。。
いきなりですが究極の名探偵とは何でしょうか?
......おそらく、すぐには答えが出ないと思います。。
勿論、私も真面目に考えてみました。隙のない捜査で確実に犯人を捕らえる元刑事、いかなる矛盾も解消して真実を解き明かす論理家(ロジシャン)、騙しの技術を応用してトリックを見破る奇術師、人間の心の動きを全て掌握し犯人すら思い通りに動かす老達人......いずれも凄腕の名探偵ですが、究極かと言われれば果たしてどうでしょうか。そもそも何を以て究極とするのか......こんな悩みから誕生したのが『シャーロック・ノート』です。。
さて、本作の主人公である剣峰成は家族と過去を理不尽に奪われた少年です。彼は大切なものを取り戻すために探偵養成学校である鷹司高校へと身を投じます。そんな成を待ち受けているのは仲間との楽しい学園生活ばかりではありません。優秀な探偵候補生、凄腕の名探偵、そして恐ろしい犯罪者......彼らとの"戦い"で成がこれからどのような成長を遂げるのか、そして彼は「究極の名探偵」となれるのか、作者の私も楽しみにしております。

円居挽Madoi Ban
1983(昭和58年)年、奈良県生まれ。京都大学推理小説研究会出身。2009年(平成21)年、『丸太町ヴォワール』で長編デビュー。大仕掛けのミステリと個性溢れるキャラクターの書き手として、若い世代から強い支持を受けている。他の著書に『クローバー・リーフをもう一杯、今宵、謎解きバー「三号館」へ』などがある。

こんにちは、瀬川コウと申します。
青春、という言葉を聞いて思い起こす感情、感覚は百人百様だと思います。しかし、全員にとって悩みの時期であることは共通です。だからこそ様々な化学変化が起きやすく、あっと驚く結果になったりする――。
本作の主人公とヒロインは、一癖も二癖もあります。そこにこそ、唯一と言っていい関係性が生じるのです。二人の、二人だけの、どちらか一方が別の人物だったら成り立たないというような関係が、自分は大好きです。その気持ちをぎゅうぎゅうと込めて、このお話を書きました。
この小説は日常の謎、青春ミステリと呼ばれるものですが、心洗われるような清々しい青春ではありません。如何せん主人公が主人公、ヒロインがヒロインなので協力はしないですし、むしろ探偵vs探偵という形で常に騙し合う関係だったりします。いっそ逆に清々しいかもしれません。
そんな二人が謎にどう立ち向かうのか、そして二人自身の謎とは何なのか。
楽しんでいただけたのなら、作者としてこれ以上ない喜びです。
二人だけの青春を、どうぞ垣間見てください。

瀬川コウSegawa Kou
1992(平成4)年、山梨県生れ。仙台在住。2014年、『完全彼女とステルス潜航する僕等』でデビュー。E ★エブリスタに投稿された「謎好き乙女と奪われた青春」で「スマホ小説大賞 新潮文庫賞」を受賞する。

漠然と覚えているあやふやな風景や、音楽や、匂いと同じように、漠然と覚えているあやふやな感情があります。その感情は喜怒哀楽のどれにも分類できないし、辞書にも載っていないし、名前さえないものです。
この小説は、あやふやな感情を、あやふやなままできるだけ丁寧に描写したくて書きました。
本書にはとても純粋な少年と、とても純粋な少女が登場します。そしてふたりのあいだにはきっと、名前さえないくらいに純粋な感情があるのだと思います。

河野裕Kono Yutaka
1984(昭和59)年、徳島県生れ。兵庫県在住。グループSNE所属。2009(平成21)年、『サクラダリセット CAT, GHOST and REVOLUTION SUNDAY』でデビュー。著書に「サクラダリセット」(全7巻)「つれづれ、北野坂探偵舎」シリーズなどがある。

新潮社では、初めまして、になります。こんにちは、雪乃紗衣です。前作「彩雲国物語」シリーズを終えてから、少し筆を擱き、「さて、これからどうしよう」とボンヤリ考え、ボンヤリ眠り、起き上がりこぼしのように揺れ......。 そうして、また筆を執って書きはじめたのが、この「レアリア」です。「レアリア」の世界は、(誰も止めなかったので)結構ごった煮です。おや?という単語や小物もちらほら。皇帝、魔女軍師、仮面の少年皇子、暗がりを歩く道化師、戦場で墓掘りする少女(←主役)、美貌の枢機卿......etc。前作とはまた違ったモチーフを、籠に詰めました。

でも墓掘り部分は、前作の某刑部尚書を思いだして結構でございます。私も若干頭にちらついてました。彼の呪いかも。あと、サイトのフラッシュでは全然わかりませんが、登場人物の平均年齢が、高......。彼らがそれぞれ、どんな物語を始め、そして終わらせていくのか、よろしければご覧になってみてください。雪広先生の描かれる絵も、どうぞお楽しみに!
ボンヤリしてる間も寄せてくださった読者のあたたかなお手紙が、私の背を静かに押してくれました。待っていてくださった方々へ、心からの感謝を捧げます。本当に、遅くなりました。 私の2作目にして、10年ぶりの新作(......)、手にしてくださった方々が、楽しんでくださることを、祈りつつ。

雪乃紗衣

雪乃紗衣Yukino Sai
茨城県生れ。2002(平成14)年、『彩雲国綺譚(さいうんこくきたん)』で第1回ビーンズ小説賞の読者賞と奨励賞を受賞。翌年、これを改稿した『彩雲国物語 はじまりの風は紅く』でデビュー。10代から70代という幅広い読者層に支持された同シリーズは、2011年に完結し、累計650万部超の大ヒットを記録した。そのスピンオフで2012年刊行の『彩雲国秘抄 骸骨を乞う』も話題を呼んでいる。2014年、『彩雲国』シリーズ以来となる、著者10年ぶりの新シリーズ『レアリア』を発表。

竹宮ゆゆこと申します。このたび新作『知らない映画のサントラを聴く』を上梓させていただくことになりました。
映画、とタイトルには入っていますが、内容に映画の要素はないのです。制作、しません。鑑賞、しません。映画館を舞台に出会いと別れが描かれ、ません。映画、関係ありません......。
ストーリーはいわゆる「ボーイミーツガール」、東京の片隅で中途半端に生きていた異性二人が出会って、そして――な内容です。
しかしミーツする二人が「ボーイ」と「ガール」の年齢制限を超えているような気もします。とはいえ「大人の男」ミーツ「大人の女」というのも、なにか明らかにとっても違う。
言うなれば、「未熟者ミーツ未熟者」......?
そんな感じの作品です。もしもご興味もって頂けましたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

竹宮ゆゆこTakemiya Yuyuko
1978(昭和53)年、東京生れ。2004(平成16)年、「うさぎホームシック」でデビュー。軽快な会話劇を軸に、男女間の生き生きとした恋愛模様を描く書き手として、強い支持を集めている。他の著書に「わたしたちの田村くん」(全2巻)「とらドラ!」(全13巻)「ゴールデンタイム」(全11巻)がある。

文庫をいちばん面白く――。新潮文庫の100年は、「面白さ」への挑戦の歴史です。その時代、その瞬間によって変化する「小説の面白さ」を新潮文庫は追求してきました。
書き下ろし、オリジナルの文庫が増え、市場動向が激変する中、いま「面白い」小説とは何か。
「キャラクター」が新潮文庫の答えです。この小説に出てくる登場人物は「リアル」ではないかもしれません。あるいは、「社会的」でもないかもしれません。現実ではありえないような個性と、言葉と、振る舞いで、読者を「あっ」と驚かせる物語の主人公たち。それが、いま最も強く、読者を物語に引きこむ「キャラクター」であると新潮文庫は考えます。
小説の、文学の、新たな入口に。100年の歴史を持ち、文芸出版の「新潮文庫」だからこそできる「キャラクター」と「物語」「文学」の融合を。新潮文庫は、次世代ラインナップ「新潮文庫nex」の刊行を開始します。

新潮文庫編集部「新潮文庫nex」編集長 髙橋裕介