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「砕け散るところを見せてあげる」にも、タイトルから、「妖怪〇〇してあげる」がいる。作中でも、主人公の濱田清澄はときにその言い回しを口に出す。清澄は、女手一つで自分を育ててくれた母を早く楽にさせてあげたい(出たっ!)ため、地元の国立大学の受験勉強に励む高校三年生。彼は同じ学校の後輩、蔵本玻璃へのいじめを目撃し、彼女のことがほっとけなくなる。玻璃をいじめから救うヒーローになると誓った清澄は受験勉強の時間を割いてまで、玻璃を守っていく。
二人の距離が近づくにつれ、「俺がいてやればよかったのに」など、「〇〇してあげる」と清澄は言う。でもその言葉の裏には、無力な玻璃を見下す自己満足ではなく、もろい自分への自己啓発があった。素直で単純そうな清澄は実は煩わしく、その真っ直ぐなのに捻くれた複雑な性格は物語を通して徐々に浮き彫りになっていく。そしてその真の複雑さを知るのは、物語が終わってから。憧れのヒーローになるために、清澄は自分にも、読者にも嘘をついていたのだ。となると、タイトルの「砕け散るところを見せてあげる」とは、一体誰の言葉なのか……。
ヒロインの玻璃も複雑な性格の持ち主。竹宮作品ではお馴染みの暗い影の持ち主で、「とらドラ!」や「ゴールデンタイム」しかり、その影の正体を知れば知るほど、辛さが重く押しかけてくる。「とらドラ!」や「ゴールデンタイム」の華やかなヴィジュアルのヒロインたちと違って、玻璃は影をベールに包むことができず、闇の存在が剥き出し。現実世界では信じられないような闇だけど、最初からそういった暗い過去が垣間見えたせいか、読者として比較的受け入れやすい。さらに彼女の仕草や表情の描写には二次元で脳内再生しやすい軽快さがあって、内容の割には重苦しさがない。やっと出会えた玻璃の笑顔のインパクトも大きく、涙を堪えてうつむく最初の玻璃のイメージもすぐに上書きされる。そして玻璃と清澄のユーモア溢れる掛け合いもライトに味わえる。
だからこそ、気が付かない内に、凄い場所に連れて行かれる。清澄のウィットに富んだツッコミを楽しんでいたと思いきや、不意打ちのように、青春物語は急変する。いつの間にか、想像を絶する展開に胸を突かれる。まるでひき逃げにあったよう。
「砕け散るところを見せてあげる」には、誰かのためになにかしてあげたい、というシンプルな欲求を必死に叶えようとする人たちがいる。清澄、クラスメートの田丸、尾崎姉妹……。できることの大小はあっても、想いは一緒かもしれない。何かしてあげたい。「誰かのために何かする」を超える、より距離の近い、「してあげたい」に込められた想い。人から人に、繋がっていく思い。
人のためになにかしてあげたい気持ち。冒頭のカップルとは違う、切実な気持ち。妖怪なんて呼んで、ごめんなさい。
(いちかわ・さや モデル)
竹宮ゆゆこ『砕け散るところを見せてあげる』