YOMIMONO 読み物 小説、エッセイ、著者インタビュー、等々。新潮文庫nexが贈る特別コンテンツ。
新潮文庫から、創刊百年を期してスタートするニュー・スタイル、新潮文庫nex。ネックスといってもペプシコーラと提携するわけじゃなく、新潮文庫の次世代ラインナップ......ということらしい。
新潮文庫なのに三方断ちのスピン(しおり紐)なし、全点PP貼りと聞いて驚いたんですが、そのぐらいしないと鳴り物入りで新たにカテゴリーを立ち上げる意味がないか。ライトノベル畑の人気作家が数多く参加しているが、ライトノベル専門というわけでもない。文芸書(四六判単行本)を中心とする小説の出版モデルはすでに崩壊しかけているので、若い読者にアピールする文庫オリジナル作品の新しい容れものをつくるという発想は正しい。
第一回配本は、「彩雲国物語」シリーズの雪乃紗衣による新シリーズ第一弾『レアリアI』、『とらドラ』の竹宮ゆゆこのラブストーリー『知らない映画のサントラを聴く』、「心霊探偵八雲」シリーズの神永学『革命のリベリオン―第I部 いつわりの世界―』など、超強力な(なるほどそう来たかと納得のいく)ラインナップ。
その中でも、nexを象徴する一冊としてフィーチャーされているのが、河野裕の青春小説『いなくなれ、群青』。著者は、能力者が集まる街を舞台にした「サクラダリセット」シリーズや、元編集者の探偵と小説家のコンビが神戸のカフェで推理を展開する「つれづれ、北野坂探偵舎」シリーズで知られるライトノベル/ライトミステリーの作家。本書も一種の学園ミステリーに分類できなくもないが、ライトノベル的な設定にもかかわらず、いまどき珍しいほどまっすぐな、胸に迫るラブストーリーだ。
小説の舞台は、階段島と呼ばれる奇妙な島。あるとき、この島で目を覚ました語り手の"僕"こと七草は、先輩の住人からこんなふうに説明される。
「ここは、捨てられた人たちの島です。この島を出るには、七草くんが失くしたものを、みつけなければいけません」
島は孤立していて、島外に出ることはもちろん、外部と連絡をとることもできないが、生活に必要な物資は船で運ばれてくるし、電気ガス水道などのインフラも整っている。ネットにもつながる(ただしメールは出せないし掲示板に投稿もできない)。この極度に人工的な設定の(常識的にはありえない)島で、物語は始まる。
この島で暮らしはじめて三カ月ほどが過ぎた一一月一九日の朝、"僕"は思いがけない人物と出会う。真辺由宇。
七草と由宇は同じ小学校に通い、中学二年生の夏に彼女が転校してしまうまで、毎日のように一緒に過ごした。七草は根っからの悲観主義者で、いつも失敗することばかり考えているが、由宇はその正反対。あんなに輝いていた彼女が、いったいだれに捨てられて、なぜこの島にやってきたのか?
やがて、島の学校に謎の落書きが出現する。ピストルと星のマーク。"僕"が思い出すのは、一九九〇年代初め、ハッブル望遠鏡によって発見された(実在の)超巨星、ピストルスターのこと。拳銃に似たかたちのピストル星雲に位置するため、こう名づけられた。観測範囲内の宇宙では一、二を争う明るさの星だが、地球からはよく見えない。
〈ピストルスターはひっそりと、でも強く、気高く輝いている。僕はピストルスターの輝きを愛している。たとえその光が、僕の暗闇を照らさなかったとしても。〉
奇妙な落書き事件にまつわる謎と、この島の成り立ちに関わる謎。そして、"僕"と真辺由宇との関係。"失くしたもの"とはなんなのか? 本来この島にはいないはずの幼い少年を助けたことから、ふたりの関係は新たな局面を迎える。
すべての謎が解け、階段島の不自然なありようの意味がついに明らかになったとき、"僕"の選択が読者の胸を打つ。ありえない設定でなければ書けない、ありえないほど純粋で一途な恋愛。若い読者にとっては、きっと、忘れられない本になるだろう。
おおもり・のぞみ 書評家