YOMIMONO 読み物 小説、エッセイ、著者インタビュー、等々。新潮文庫nexが贈る特別コンテンツ。
2015年2月アーカイブ
2015年2月27日 10:24
新潮文庫の次世代ラインナップ「新潮文庫nex」電子版の配信がスタートです。
配信開始を記念して、13作品の冒頭部分を収録した「無料試し読みブックレット」も電子書店にて同時刊行。
無料試し読みブックレット収録作品
河野裕『いなくなれ、群青』
神永学『革命のリベリオン―第I部 いつわりの世界―』
竹宮ゆゆこ『知らない映画のサントラを聴く』
朝井リョウ、飛鳥井千砂、越谷オサム、坂木司、徳永圭、似鳥鶏、三上延、吉川トリコ『この部屋で君と』
神西亜樹『坂東蛍子、日常に飽き飽き』
七尾与史『バリ3探偵 圏内ちゃん』
知念実希人『天久鷹央の推理カルテ』
篠原美季『迷宮庭園―華術師 宮籠彩人の謎解き―』
水生大海『消えない夏に僕らはいる』
相沢沙呼『スキュラ&カリュブディス―死の口吻― 』
青柳碧人『ブタカン!~池谷美咲の演劇部日誌~』
里見蘭『大神兄弟探偵社』
森川智喜『未来探偵アドのネジれた事件簿―タイムパラドクスイリ―』

青春、という言葉を聞いて思い起こす感情、感覚は百人百様だと思います。しかし、全員にとって悩みの時期であることは共通です。だからこそ様々な化学変化が起きやすく、あっと驚く結果になったりする――。
本作の主人公とヒロインは、一癖も二癖もあります。そこにこそ、唯一と言っていい関係性が生じるのです。二人の、二人だけの、どちらか一方が別の人物だったら成り立たないというような関係が、自分は大好きです。その気持ちをぎゅうぎゅうと込めて、このお話を書きました。
この小説は日常の謎、青春ミステリと呼ばれるものですが、心洗われるような清々しい青春ではありません。如何せん主人公が主人公、ヒロインがヒロインなので協力はしないですし、むしろ探偵vs探偵という形で常に騙し合う関係だったりします。いっそ逆に清々しいかもしれません。
そんな二人が謎にどう立ち向かうのか、そして二人自身の謎とは何なのか。
楽しんでいただけたのなら、作者としてこれ以上ない喜びです。
二人だけの青春を、どうぞ垣間見てください。
瀬川コウSegawa Kou
1992(平成4)年、山梨県生れ。仙台在住。2014年、『完全彼女とステルス潜航する僕等』でデビュー。E ★エブリスタに投稿された「謎好き乙女と奪われた青春」で「スマホ小説大賞 新潮文庫賞」を受賞する。
2015年2月16日 15:23
二〇一四年九月、「キャラクター」と「物語」の融合を謳って、新潮文庫nexの刊行が開始された。しかし、それが魅力的な作品を多数産み出していることは確かにせよ、具体的な理念はまだ読者に伝わっていないように思われる。ライトノベルでも純文学でもないが、「キャラクター」を軸に据えた小説。これだけではイメージを作ることは難しいかもしれない。けれど、すでに刊行された作品の中に、「キャラクター」の吸引力をまざまざと見せつけてくるものが存在する。それが竹宮ゆゆこによる『知らない映画のサントラを聴く』である。
彼女はこれまでもライトノベルの領域で、『とらドラ!』や『ゴールデンタイム』といった作品において文体へのこだわりを見せてきたが、その姿勢は本書において一層強調される。頻出する固有名詞、体言止めの多さ、若者言葉の導入......こうした異物の混入によって、竹宮の文章はオリジナリティを獲得していく。「数日前からの風邪をこじらせ、下痢と嘔吐が上下にマーライオン」といった表現は、一読してすんなり入ってくるものではないだろう。けれど、このような表現が独特のリズムを刻むからこそ、読者は登場人物に対して通常の読書とは異なる種類の関心を持つようになるのだ。
本書は贖罪の物語である。主人公の錦戸枇杷は、大学卒業後、無職のまま自宅に引き籠もっている二十三歳の女性だ。彼女はジャージのままビールを飲むだけの生活を送っていたが、ある日セーラー服を着た強盗に襲われ、親友である清瀬朝野の写真を奪われたことで、それを取り戻すという目的を持つようになる。しかしその直後、自立を促そうとする家族たちの計略によって、枇杷は実家を追い出されてしまう。彼女は途方に暮れるが、不幸中の幸いと言うべきか、その日のうちに件の強盗を捕まえることに成功する。ところが、犯人の正体は、朝野の元恋人・森田昴だった。昴は枇杷に対して謝罪をした後、帰るところがないなら自分の家に来ないかと提案し、結果的に彼らは同居を始めることになる。
枇杷と昴を結んでいるものは、朝野に対する強烈なまでの罪悪感だ。朝野は一年前に伊豆の浜辺で亡くなっており、それが自殺であることを匂わせる描写も数多く挿入されている。枇杷は最後に朝野と会った際、「破壊神」に狙われているという相談を一笑に付してしまった。昴の方は、破局後も気持ちは朝野に向いていたにもかかわらず、あてつけのようにして他の女性と交際していた。つまるところ、枇杷と昴はそれぞれ、自身の行動が朝野を死に追いやったという感覚を拭えずにいるのである。だからこそ、枇杷は職に就くような気力を持てずにいるし、昴はマッサージ師として働きながらも心のどこかで自らの死を望んでしまっている。
しかし、こうした重い設定にもかかわらず、本作は読者に対して陰鬱な印象を与えてはこない。それどころか、枇杷と昴のやり取りは出来のよい掛け合い漫才のようで、言葉の端々にお互いが親密さを感じている様子が窺える。昴が強盗まがいの行為を働いたのは朝野の写真を手に入れるためであり、セーラー服を着ているのも、自分が朝野となることで彼女をこの世界に生かし続けたいと考えているからだ。それは確かに滑稽に映るかもしれないが、裏を返せば、彼が朝野の存在とその死を強く引きずっていることの証明でもある。それが分かるからこそ、枇杷と昴は互いの朝野に対する愛を尊重し合う同志のような距離で接することになる。
彼らは共に時間を過ごした先で、罪の意識を原因とした停滞から抜け出すことに成功する。伊豆で働き始めた枇杷を一年後に昴が迎えに行くという結末は、ご都合主義に見えるかもしれないし、少なくともそこにある愛情が虚構めいたものになることは避けられないだろう。けれど、その上で彼らの再会がたまらなく愛しく思えてしまうのは、作者が「キャラクター」を作ることに成功しているからである。「キャラクター」を産むというのは、ある登場人物の虚構性を強調しながら、同時に現実との距離を測り、読者の感情移入を誘う行為に他ならない。枇杷と昴という二人の「キャラクター」が朝野の喪失を超えて辿り着いた関係性は、枠組みとして名前を与える間でもなく、いつまでも回転を続けていく美しいものとして映るはずだ。
その意味で本書は、まさに優れた「キャラクター小説」なのであり、現実にも幻想にも縛られない自由な領域へ文学を拡張する意志を備えた作品として、我々の前に提示されているのだ。
さかがみ・しゅうせい 作家、文芸評論家
新潮文庫から、創刊百年を期してスタートするニュー・スタイル、新潮文庫nex。ネックスといってもペプシコーラと提携するわけじゃなく、新潮文庫の次世代ラインナップ......ということらしい。
新潮文庫なのに三方断ちのスピン(しおり紐)なし、全点PP貼りと聞いて驚いたんですが、そのぐらいしないと鳴り物入りで新たにカテゴリーを立ち上げる意味がないか。ライトノベル畑の人気作家が数多く参加しているが、ライトノベル専門というわけでもない。文芸書(四六判単行本)を中心とする小説の出版モデルはすでに崩壊しかけているので、若い読者にアピールする文庫オリジナル作品の新しい容れものをつくるという発想は正しい。
第一回配本は、「彩雲国物語」シリーズの雪乃紗衣による新シリーズ第一弾『レアリアI』、『とらドラ』の竹宮ゆゆこのラブストーリー『知らない映画のサントラを聴く』、「心霊探偵八雲」シリーズの神永学『革命のリベリオン―第I部 いつわりの世界―』など、超強力な(なるほどそう来たかと納得のいく)ラインナップ。
その中でも、nexを象徴する一冊としてフィーチャーされているのが、河野裕の青春小説『いなくなれ、群青』。著者は、能力者が集まる街を舞台にした「サクラダリセット」シリーズや、元編集者の探偵と小説家のコンビが神戸のカフェで推理を展開する「つれづれ、北野坂探偵舎」シリーズで知られるライトノベル/ライトミステリーの作家。本書も一種の学園ミステリーに分類できなくもないが、ライトノベル的な設定にもかかわらず、いまどき珍しいほどまっすぐな、胸に迫るラブストーリーだ。
小説の舞台は、階段島と呼ばれる奇妙な島。あるとき、この島で目を覚ました語り手の"僕"こと七草は、先輩の住人からこんなふうに説明される。
「ここは、捨てられた人たちの島です。この島を出るには、七草くんが失くしたものを、みつけなければいけません」
島は孤立していて、島外に出ることはもちろん、外部と連絡をとることもできないが、生活に必要な物資は船で運ばれてくるし、電気ガス水道などのインフラも整っている。ネットにもつながる(ただしメールは出せないし掲示板に投稿もできない)。この極度に人工的な設定の(常識的にはありえない)島で、物語は始まる。
この島で暮らしはじめて三カ月ほどが過ぎた一一月一九日の朝、"僕"は思いがけない人物と出会う。真辺由宇。
七草と由宇は同じ小学校に通い、中学二年生の夏に彼女が転校してしまうまで、毎日のように一緒に過ごした。七草は根っからの悲観主義者で、いつも失敗することばかり考えているが、由宇はその正反対。あんなに輝いていた彼女が、いったいだれに捨てられて、なぜこの島にやってきたのか?
やがて、島の学校に謎の落書きが出現する。ピストルと星のマーク。"僕"が思い出すのは、一九九〇年代初め、ハッブル望遠鏡によって発見された(実在の)超巨星、ピストルスターのこと。拳銃に似たかたちのピストル星雲に位置するため、こう名づけられた。観測範囲内の宇宙では一、二を争う明るさの星だが、地球からはよく見えない。
〈ピストルスターはひっそりと、でも強く、気高く輝いている。僕はピストルスターの輝きを愛している。たとえその光が、僕の暗闇を照らさなかったとしても。〉
奇妙な落書き事件にまつわる謎と、この島の成り立ちに関わる謎。そして、"僕"と真辺由宇との関係。"失くしたもの"とはなんなのか? 本来この島にはいないはずの幼い少年を助けたことから、ふたりの関係は新たな局面を迎える。
すべての謎が解け、階段島の不自然なありようの意味がついに明らかになったとき、"僕"の選択が読者の胸を打つ。ありえない設定でなければ書けない、ありえないほど純粋で一途な恋愛。若い読者にとっては、きっと、忘れられない本になるだろう。
おおもり・のぞみ 書評家